# エピローグ:ノリ・メ・タンゲレ
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>ペローネ様
ご心配無用です。
契約解除の同意を確認した旨、皆様宛の手紙にしたため
投函させていただきました。
今晩、遅くても明日に受け取られるのではないかと思います
良き思い出になりました、ご安心くださいませ
ファルコネッティ
([[1920年代後半 - サラ・ベルナール座マネージャー宛書簡]])
2015年末、オークションサイト(eBay.fr)に戦前興行師イゾラ兄弟の旧蔵していた数百点の書簡類が放出されました。人気・知名度の高かったパフォーマーのみならず作曲家や脚本家などの名が多く見られ、契約書から事務連絡、個人的な便宜の依頼など内容も多岐にわたり、戦前期仏エンターテイメント業界の生態系を伺わせる興味深い資料群でした。
イゾラ兄弟が1920年代にサラ・ベルナール劇場を買収していた経緯もあり、この中にファルコネッティの送った直筆書簡が2点含まれていました。当時劇場のマネージャーを務めていたモーリス・ペローネ(Maurice Peronnet)宛て。一通は終演後に届けてもらった花束への礼状、もう一通が契約解除に関わるやりとりを記録した内容でした。筆跡、文体に女優自身の個性や人格が反映されているのですが、他にも一点注目に値する要素を見て取れます。
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書簡のレターヘッド部分。右上にはシャンゼリゼ通りの現住所が青で印刷されており、左側にエンボス加工された同色の紋章が配置されていました。盾の周囲に配されたロココ風の装飾は比較的新しいデザイン。19~20世紀のフランスでは画家や作家、俳優、収集家がこのような個人用紋章を作成し便箋や蔵書票・蔵書印に使用していた例が見られ、こちらも家紋ではなく女優自身の私的紋章であったと考えられます。
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紋章の下にはリボンが置かれ「ノリ・メ・タンゲレ(Noli me tangere)」の標語。ラテン語訳聖書、ヨハネの福音書20章17節から借用された言葉です。
> イエス言ひたまふ、
> **われに觸るな**、われ未だ父に昇りたらざればなり。
(**Noli me tangere**, nondum enim ascendi ad Patrem meum.)
> ただし我が兄弟たちのもとに往きて言へ、
> 我はわが父また汝らの父、わが神また汝らの神に
> 昇るなりと。(1917年文語訳)
ギリシャ語原文(μή μου ἅπτου)の「ἅπτω」は「触れる」 「しがみつく・すがりつく」の意を持つ動詞で、新共同訳では「わたしにすがりつくのはよしなさい」と訳されています。ラテン語訳の「tangere」は現在の英語の「タッチ(touch)」に近い単語で接触禁止のニュアンスが強く出てきます。実際、フランスの古い家紋には一家の名誉を守る意味あいをこめてこの句を使用している例が見られ、近代になると私物に触れられるのを嫌がった蔵書家が蔵書印の一部に採用しています。
ファルコネッティの場合、家でもなく私物でもなく、自分自身を対象とした標語と解釈される点が特徴となっています。留意したいのは、(節々にそう受け止められる言動が見られたのが事実であるにせよ)この表現が他者の介入の拒絶、「私の邪魔をするな」と等価ではないことです。
Noli me tangereを含むやり取りは中世以降幾度となく絵画化されてきました。カトリック世界で親しまれてきたこの主題は、しばしば、手を差し伸ばしたマグダラのマリアを見返りながら振り切っていくキリストの構図で描かれています。他者と融和的に向かいあうのでなく、敵対的に対立するのでもない。さらにこの一句を常設の銘としたことで方向性のずれをはらんだ他者との関係性が不断に維持され、その緊張感の中で自己のキャリア形成を進めていくことになります。
この点について参考になる先行例として、女優サラ・ベルナールの個人用紋章を挙げることができます。頭文字の「S」 「B」を装飾的に組みあわせ、その下に「(何かがあっても)それでもなお」を意味する「カン・メーム(Quand même)」を配していました。何が起こっても諦めない不撓不屈の精神を表した表現と理解されているものです。ファルコネッティもまた、自らの女優生涯にかける思いと世界への向き合い方をNoli me tangereに込めたのだと考えられます。
本稿で見てきたように、ファルコネッティのキャリアには制度や慣習との距離、メディアとの緊張、そして自律的な選択が繰り返し現れていました。紋章に掲げられた一句は、それらの行動を象徴的に照らし出す座右の銘として読むことができます。
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