# 1919 - 1924
## 概要
第一次大戦の終戦後、フランスの社会・文化が華やかな輝きを再び取り戻していく中、主戦場を変えて女優像の再定義に着手し一定の評価を獲得、独り立ちを果たした時期に相当。
1919年2月の『ある女の一生』を最後にファルコネッティはオデオン座を離れています。同座はコメディ・フランセーズに次ぐ格式・位置付けで、古典の演目や演出を重視する傾向で知られていました。彼女にとって離籍は大きな方向転換に当たります。とはいっても大衆路線に転向したのではなく、より近・現代的演劇を指向する潮流に合流していった形です。
この時期は一貫して現代劇に出演。アントワーヌ座周辺の人脈に位置するアレキサンドル・アルキリエール(1910年代の映画 『ジゴマ』主演で日本で人気のあった俳優)やベテランの技巧派女優として知られるシュザンヌ・デュプレと共演を果たし、戦前仏演劇界のキーパーソンの一人サッシャ・ギトリの演出作にも出演( 『役者』 )。これまで馴染んできたものとは異なる演劇観を有した舞台人との共演を重ね、新たな客層に「ファルコネッティ」の存在をアピールしていったのです。
この試みは舞台関連メディアでの露出増、言及数の増加につながっていきます。単純に数が増えただけでなく、彼女をめぐる記述量が増え、分析の密度が増し、俳優紹介でトップまたは最後に置かれる機会が増えています。この時期の記述からうかがえるファルコネッティの女優像は、先行するオデオン期、後続する『裁かるるジャンヌ』以後に定着したイメージのいずれとも異なっています。大きな特徴は以下の三点。
1)演技の「正確さ」や「抑制」など、表情や発声、動作に一定のコントロールを持ちこみ、筋立てや文脈、世界観に沿った厳密なニュアンスを与えていこうとする姿勢。すべてのアウトプットが合格点という評価にはなっていないのですが、若手女優にトップ女優並の視線が注がれている辺りに評価の上昇と期待を見て取ることができます。
2)女性の苦悩、懊悩を表現する力量。「観衆の感情を幾度となく揺さぶる」 「真摯さ、悲壮感の類まれなる才」などの賞賛がこの時期の舞台評に集中。オデオン期にもメロドラマのヒロインとして「観衆の涙を誘っ」てはいたとはいえ、軽喜劇や恋愛劇、歌物に埋もれがちであった資質が前景化し、実績として蓄積されていったたのがこの時期でした。
3)エレガントさを湛えた現代的な女性像。1920年代初めの出演作は中上流社会を舞台にしたものが多く、どの作品も衣装やヘアデザイン、メーキャップに一定の贅を尽くしていました。舞台で演じていた役柄がそのままパブリックイメージに還流され、モード誌への露出も相まってファルコネッティ=瀟洒でモダンという女優像の醸成につながっています。
オデオン座での最終出演から数年。ファルコネッティは苛烈な競争社会でその存在感をじっくりと高めていくのに成功したと言えるでしょう。特に1)と2)は後年の『裁かるるジャンヌ』への連続性という点で重要な意味を持ってきます。
それでも女優の評価を決定する作品、役柄、人脈との出会いはありませんでした。各劇場との契約も単発または短期で終了。劇場を代表する女優の扱いにはたどりつけず、ある役柄(ある脚本家)=ファルコネッティという見方をされることもない。ロングラン作品の少ないデータからうかがえるように、先見の明のある一部の批評家と女優像に魅了された熱心な愛好家層で評価が止まっており、人気・知名度の裾野を十分に広げるには至らなかった。評伝『ファルコネッティ伝』では安定したキャリア形成を進めている同期俳優たちを横目に、年齢の壁を意識し始め将来に不安や逡巡を覚えている女優の姿が描写されています。
## 同時代資料から見える動き
- 演技の「正確さ」や「抑制」についてはコメディア誌1921年6月11日付([[引用|1921-06-11|Comoedia|]])などを参照
- 苦悩や懊悩の表現に関しては「彼女の演じたクレール役はとても好感度の高い、観る者の心を揺さぶるものであった」([[引用|1920-01-29|Comoedia|]])、 「ファルコネッティ嬢の真摯さ、悲壮感の類まれなる才に読者の注意を促すのは今回が初めてではない」([[引用|1922-02-11|Comoedia|]])、「第一幕のファルコネッティ嬢は苦悶の演技の真正さ、単純明快さによって観衆の感情を幾度となく揺さぶることに成功していた」([[引用|1922-02-26|Les Annales|]])などを参照
- エレガンスについては「ファルコネッティ孃が繊細で、洗練された例外的な女優であることは周知の事実である」([[引用|1922-02-11|Comoedia|]])、「比類のないエレガンスさを備えた」([[引用|1922-09-23|Comoedia|]])などを参照。またモード誌にモデルとして登場し、舞台( 『弱き女』 )の宣材用の絵葉書が流通するなど紙メディアの積極的な活用がイメージ定着に一役買っています
## 評価と留保
戦乱からの回復期に多くの価値観がリセットされていくタイミングで、時流の変化を味方につけながら新進著しい人気女優に成長していった時期に当たります。一般論で言えば、また並の女優であればこれだけでサクセスストーリーとして完結。とはいえ古典劇を最上位に位置付けるファルコネッティにとって無条件に喜べる状況ではなく、むしろ本来やりたかったこととの落差、ずれが自覚され蓄積していった時期と見ることもできます。
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